固定残業80時間の設定は直ちに違法ではありませんが、「過労死ライン」に該当するため、公序良俗違反で無効と判断されるリスクが高い水準です。36協定の原則上限(月45時間)を大幅に超えており、実際にイクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決)では無効とされた判例があります。
この記事でわかること:
- 固定残業80時間が違法になるケースと法的リスク
- 過労死ライン・36協定との関係性
- 求人票の見分け方と入社前チェックポイント
「初任給42万円」「月給40万円」といった高額な求人を見て、魅力を感じた経験はありませんか。しかし内訳をよく見ると「固定残業代80時間分を含む」と記載されているケースがあります。
固定残業80時間は、厚生労働省が定める「過労死ライン」と同じ水準です。この記事を読むことで、求人票の正しい見方や法的リスク、自分を守るためのチェックポイントが身につきます。
逆に、この知識がないまま入社すると、長時間労働を強いられたり、実質時給が最低賃金レベルになったりする「隠れブラック企業」に当たる可能性があります。
本記事では、労働基準法と裁判例に基づいて固定残業80時間の問題点を解説します。就活生・転職希望者・人事担当者、それぞれの立場で役立つ情報をまとめました。
固定残業80時間とは?基本の仕組みを解説
固定残業代とは一定時間分の残業代を毎月定額で支払う制度です。80時間という設定は36協定の原則上限45時間を大きく超えるため、リスクが高い水準といえます。

固定残業代(みなし残業)の仕組みとは?
固定残業代(みなし残業代)とは、あらかじめ一定時間分の残業代を給与に含めて支払う制度です。「定額残業代」とも呼ばれます。
たとえば「月給30万円(固定残業代45時間分8万円を含む)」という場合、実際の残業が45時間未満でも8万円は支払われます。逆に45時間を超えた場合は、超過分の残業代が別途支給されます。
重要なポイントは、固定残業代を設定しても「その時間まで働かせてよい」という意味ではないことです。固定残業代は残業代計算を簡略化する仕組みであり、労働時間の上限を定めるものではありません。
80時間という設定が注目された背景
2022年、IT大手のサイバーエージェントが「初任給42万円」を発表しました(サイバーエージェント 新卒採用)。しかし、この42万円には固定残業代80時間分・深夜手当46時間分が含まれていたことが判明し、SNSで議論を呼びました。
2024年には、アパレル企業のTOKYO BASEも「初任給40万円」を発表。こちらも17万2千円(80時間分)の固定残業代が含まれていました(TOKYO BASE 採用情報)。
両社は「実際の平均残業時間は31時間程度」「80時間働かせる意図はない」と説明していますが、「過労死ライン相当の残業を前提とした給与体系には問題がある」という批判も根強く存在します。
固定残業80時間は違法か?法的観点から解説
固定残業80時間の「設定」自体は直ちに違法ではありません。ただし、実態として80時間の残業が恒常化すれば違法であり、設定自体も公序良俗違反で無効となるリスクがあります。

36協定と残業時間の上限ルール
労働基準法では、労働時間は「1日8時間・週40時間」が原則です。これを超えて残業させるには、労使間で「36協定(サブロク協定)」を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
2019年の働き方改革関連法により、36協定で定められる残業時間にも法的な上限が設けられました。詳細は厚生労働省の「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」をご参照ください。
【36協定における残業時間の上限】
| 区分 | 月の上限 | 年の上限 |
| 原則 | 45時間 | 360時間 |
| 特別条項(臨時的な場合) | 100時間未満 | 720時間 |
特別条項を締結しても「2〜6ヶ月の平均80時間以内」「月45時間超は年6回まで」という制限があります。固定残業80時間は原則上限の約1.8倍であり、特別条項の上限にも近い危険な水準です。
過労死ラインとは何か?
「過労死ライン」とは、月80時間の残業を指します。厚生労働省の労災認定基準では、「発症前1ヶ月間に100時間以上」または「発症前2〜6ヶ月間の平均が80時間を超える」残業がある場合、脳・心臓疾患との関連性が強いと判断されます。
詳細は厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準」をご参照ください。
固定残業80時間という設定は、まさに過労死リスクが高まる水準を「通常の労働条件」として想定していることになります。
公序良俗違反で無効になった判例
固定残業80時間の設定が裁判で無効と判断された重要な判例を紹介します。
イクヌーザ事件(東京高裁平成30年10月4日判決)では、月80時間分の固定残業代を含む賃金体系が争われました。裁判所は次のように判断し、固定残業代の定めを無効としました。
「1ヶ月当たり80時間程度の時間外労働を継続することは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させるおそれがある。このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して、基本給のうちの一定額をその対価として定めることは、労働者の健康を損なう危険があり、公序良俗に違反する」
この判例の詳細は「労働問題.com」でも解説されています。
判例のポイントは、「実際に80時間以上の残業が恒常的に行われていた」という実態があった点です。逆に言えば、実際の残業時間が大幅に下回っている場合は、直ちに無効とはならない可能性もあります。
【固定残業45時間 vs 80時間の比較】
| 項目 | 45時間設定 | 80時間設定 |
| 36協定との関係 | 原則上限の範囲内 | 原則上限の約1.8倍 |
| 過労死リスク | 基準以下 | 過労死ラインに該当 |
| 無効リスク | 低い | 高い(判例あり) |
| 採用イメージ | 一般的 | 「ブラック」と懸念される |
固定残業80時間の求人はブラック?見分け方とチェックポイント
固定残業80時間の求人が必ずしもブラックとは限りません。入社前に「実際の平均残業時間」「基本給の内訳」「36協定の締結状況」を確認することが重要です。

求人票で確認すべき4つのポイント
厚生労働省は、固定残業代を含む求人について適正な表示を求めています(厚生労働省 固定残業代の適切な表示)。以下4点を必ず確認しましょう。
- 基本給と固定残業代が明確に区分されているか
「月給40万円」ではなく「基本給23万円+固定残業代17万円」のように内訳が明記されているかを確認します。
- 固定残業代が何時間分か明記されているか
「80時間分」など具体的な時間数の記載が必要です。
- 超過分は追加で支払われると明記されているか
固定残業時間を超えた場合に追加の残業代が支払われることが明記されているか確認します。
- 実際の平均残業時間が公開されているか
サイバーエージェントは「平均残業時間31時間」を公開しています。このような情報があれば実態を把握しやすくなります。
必ずしもブラックとは限らない理由
固定残業80時間の設定があっても「ブラック企業」とは断定できません。
たとえばサイバーエージェントの場合、固定残業代込みで初任給42万円(年俸504万円)ですが、基本給部分だけでも約25万円と大卒初任給の平均(約23万円)を上回ります。実際の平均残業時間は31時間程度であり、固定残業代は「残業しなくてももらえる上乗せ分」として機能しています。
判断のポイントは「実態」です。固定残業時間が長くても実際の残業が短ければ従業員にとってメリットになる場合もあります。逆に固定残業時間が短くても実際は長時間労働を強いられているケースの方が問題です。
面接・内定後に確認すべき質問リスト
入社前に以下の質問をして実態を確認しましょう。
- 「部署・職種別の平均残業時間を教えてください」
- 「固定残業時間を超えた場合の残業代は支払われますか?」
- 「36協定は締結されていますか?特別条項はありますか?」
- 「勤怠管理はどのように行っていますか?」
- 「繁忙期でも月45時間を超えることはありますか?」
固定残業代が無効・違法な場合どうする?対処法を解説
未払い残業代がある場合は、証拠収集→会社への請求→労働基準監督署への相談→弁護士への相談という順序で対応します。

未払い残業代の請求手順
固定残業代が無効と判断された場合や超過分の残業代が支払われていない場合は、以下の手順で対応できます。
- 証拠を収集する
タイムカード、勤怠記録、業務メール、PCのログイン履歴など、労働時間を証明できる資料を集めます。
- 会社に請求する
内容証明郵便などで未払い残業代の支払いを求めます。
- 労働基準監督署に相談する
会社が応じない場合、労働基準監督署に申告すると会社への指導・勧告が行われることがあります。
- 弁護士に相談する
請求額が大きい場合や会社と交渉が難航する場合は、労働問題に詳しい弁護士への相談をおすすめします。
相談先一覧
| 相談先 | 対応内容 | 費用 |
| 労働基準監督署 | 会社への指導・勧告 | 無料 |
| 総合労働相談コーナー | 労働問題全般の相談 | 無料 |
| 弁護士 | 法的交渉・訴訟対応 | 相談無料〜有料 |
| 労働組合(ユニオン) | 団体交渉による問題解決 | 組合費 |
【人事・経営者向け】固定残業制度の適正な運用方法
固定残業時間は36協定の原則上限である45時間以内に設定することを推奨します。80時間以上の設定は公序良俗違反で無効と判断されるリスクがあります。

固定残業時間の推奨設定
固定残業時間に法的な上限はありませんが、実務上は30〜45時間以内に設定している企業が多いです。
労務行政研究所の調査によると、固定残業時間の設定は「30時間」が最も多く(37.7%)、次いで「20時間」(14.8%)、「45時間」(11.5%)となっています。80時間という設定は例外的です。
45時間を超える設定には以下のリスクがあります:
- 公序良俗違反で無効と判断されるリスク
- 「ブラック企業」というイメージによる採用への悪影響
- 従業員の健康被害リスクと安全配慮義務違反の可能性
就業規則・雇用契約書の記載要件
固定残業代を有効に運用するためには、以下の3要件を満たす必要があります。
- 明確区分性:基本給と固定残業代が明確に区分されていること
- 対価性:固定残業代が時間外労働の対価であることが明示されていること
- 超過分支払い:固定残業時間を超えた場合に追加の残業代が支払われること
記載例:「月給30万円(基本給22万円、固定残業代8万円を含む。固定残業代は時間外労働45時間分として支給し、超過分は別途支払う)」
まとめ
固定残業80時間について、重要なポイントを整理します。
- 固定残業80時間の設定自体は直ちに違法ではないが、過労死ラインに相当し、公序良俗違反で無効となるリスクがある
- 36協定の原則上限は月45時間。80時間はこれを大幅に超える水準
- イクヌーザ事件では、恒常的な長時間労働を予定した80時間の固定残業代が無効と判断された
- 求人票では「基本給の内訳」「実際の平均残業時間」を必ず確認する
- 固定残業時間が長くても実態として残業が少なければメリットになる場合もある
就職・転職活動中の方は、求人票の「高額な月給」だけでなく、固定残業代の内訳と実際の労働環境を確認することが大切です。不安がある場合は、労働基準監督署や弁護士への相談も検討しましょう。
よくある質問(FAQ)
- 固定残業80時間は違法ですか?
- 設定自体は直ちに違法ではありません。ただし、実態として80時間の残業が恒常化している場合は36協定違反となり、固定残業代の定め自体が公序良俗違反で無効と判断される可能性があります。
- 固定残業代の上限は何時間ですか?
- 法律で明確な上限は定められていません。ただし、36協定の原則上限が月45時間であることから、45時間以内に設定することが推奨されます。80時間以上の設定は無効リスクが高いです。
- 過労死ラインとは何時間ですか?
- 月80時間の残業が目安です。厚生労働省の労災認定基準では、「発症前1ヶ月に100時間以上」または「発症前2〜6ヶ月の平均80時間超」の残業がある場合、脳・心臓疾患との関連性が強いと判断されます。
- 固定残業時間を超えたら追加の残業代はもらえますか?
- はい、もらえます。固定残業時間を超えた分の残業代は、法律上、追加で支払われなければなりません。支払われない場合は違法であり、未払い残業代として請求できます。
- 固定残業代が無効になるとどうなりますか?
- 固定残業代が無効と判断されると、これまで固定残業代として支払われていた金額は「基本給」として扱われます。その結果、別途残業代を計算・請求できるようになり、会社は未払い分を支払う義務が生じます。
- 固定残業80時間の求人は避けるべきですか?
- 一概には言えません。実際の残業時間が少なければ、固定残業代は「上乗せ分」としてメリットになります。ただし、入社前に「実際の平均残業時間」「超過分の支払い有無」を必ず確認しましょう。
- 未払い残業代の時効は何年ですか?
- 2020年4月以降に発生した残業代の時効は3年です(それ以前は2年)。時効が完成する前に請求する必要があるため、早めの対応が重要です。
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